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京都地方裁判所 平成8年(ヨ)1442号 決定 1997年12月10日

債権者

医療法人社団育生会

右代表者理事長

久野敏人

債権者

株式会社竹中工務店

右代表者代表取締役

竹中統一

右代理人支配人

吉永深

右債権者両名訴訟代理人弁護士

藤井榮二

債務者

植田諭

外六名

右債務者七名訴訟代理人弁護士

福井啓介

田中茂

中隆志

債務者

安田高英

外二〇名

右債務者二一名訴訟代理人弁護士

飯田昭

小林努

主文

一  債務者らは、自ら又は第三者をして、別紙物件目録一記載の土地内に債権者らが設置した看板、防護柵などの物件を撤去し、又は右土地に通じる公道上に障害物を設けるなどして、債権者らが右土地上に同目録二記載の建物を建築することを妨害してはならない。

二  債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。

三  申立費用は各自の負担とする。

理由

第一  申立て

一  債務者らは、債権者らが別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)上に同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築することを妨害してはならず、また、第三者をして妨害させてはならない。

二  債務者らは、別紙物件目録三記載の土地のうち、同添付図面ヘ、ト、チ、リの各点を順次直線で結んだ線上にある道路部分(茶色及び赤色の部分、以下「本件道路」という。)に看板、柵、車両その他通行の妨害となる物件を設置するなどして、債権者らが本件道路を通路として使用することを妨害してはならない。

第二  事案の概要

一  本件は、債権者医療法人社団育生会(以下「債権者育生会」という。)が、債権者株式会社竹中工務店(以下「債権者竹中」という。)に請け負わせ、本件土地を造成して老人保健施設を建築しようとしている(以下「本件計画」という。)のに対し、これに反対する債務者らが債権者らの建築行為を妨害しているとして、債権者らが申立ての趣旨記載のとおりの仮処分を申し立てた事案であり、基本となる事実関係は以下のとおりである。

1(一)  債権者育生会は、肩書地において久野病院を経営している医療法人であり、債権者竹中は、建築工事の請負並びに設計監理等を業とする株式会社である。

(二)  債務者らは、別紙物件目録一及び三記載の土地の近隣に居住している住民であり、本件計画に反対している。

(争いがない。)

2  債権者育生会は、本件土地の所有者であり、本件土地上に本件建物の建築を計画し、平成七年一月九日、債権者竹中と工事請負契約を締結し、同年二月二八日、京都市長から本件土地が京都市風致地区条例五条一項の規定に適合している旨の許可及び宅地造成に関する工事の許可、同年九月二六日、京都市長から風致地区内における現状変更行為の許可、同年一〇月六日、京都市建築主事から本件建物の建築確認をそれぞれ受けた。

(甲一ないし五)

3  本件道路は、私道であるが、建築基準法四二条一項二号の道路(茶色の部分)と同項五号による道路位置指定を受けた道路(赤色の部分)からなっている。

(争いがない。)

二  争点

1  本件道路について、債権者らに妨害排除又は予防請求権が認められるか。

(一) 債権者らの主張

(1) 通行権の存在

ア 債権者らは、本件計画のため工事用車両の通行を確保しなければならないところ、本件土地に通じる公道としては、唯一、京都市の認定道路(稲荷小学校から権太夫の滝、荒木の滝を上る道路)があるが、右道路は、その幅員が最も狭いところで2.1メートルであり、工事用車両を通行させることは物理的に不可能であるとともに、右道路は見通しが悪く安全面においても工事用車両の通行には適さない。そこで、債権者らは、別紙添付図面のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ルの各点を結んだ道路を工事用車両の通行路として予定している。

イ 右通行路は、私道である本件道路と公道からなっており、本件道路は、私道であるが、いずれも建築基準法上の道路であり、私道の所有者は、道路内建築制限(同法四四条)、私道の廃止・変更の制限(同法四五条)を受け、道路としての機能を維持して公共の安全の目的のために提供しなければならず、その反面として、一般の通行を認めなければならない。

ウ 債権者らが予定している工事用車両の種類及び台数は、別紙「工事用車輛運行計画」に記載されたとおりで、総数は五〇五二台程度に留まり、債権者らは、工事用車両の通行に当たり、事前に本件道路の舗装状況を調査、点検し、必要な場合には補強するほか、使用する車両の種類も可能な限り二トン車とし、誘導員の配置やカーブミラーの設置、制限速度時速二〇キロメートルの遵守などの安全対策を講じるほか、道路の維持管理の費用に充てるための整備基金の提供を申し出ており、債権者らが本件道路を通行したとしても債務者らに対する影響は最小限度に留まる。

エ したがって、債権者らは、次のとおり債権者らの通行を妨害する債務者らに対し、本件道路についての通行の自由権に基づいて妨害排除又は予防請求をすることができる。

(2) 通行妨害行為の存在

債権者らは、債務者らに対し、説明会を数回にわたって開催して本件計画の工事内容と安全対策などについて説明し、本件道路の工事用車両の通行を求めたが、債務者らはこれを拒否し、次のような妨害行為を行っている。

ア 債権者竹中の作業員らが、平成八年九月三〇日、本件土地の草刈作業を行うため向かおうとしたところ、債務者北野安雄、同北野聖史、同辻信雄、同吉田利市、同穴原明司、同横井英男、同植田諭、同河野通仁、同福井榮之助、同辻正一ら約四五名が、本件道路の入口部分にある債務者江口太一宅前で待機し、本件道路上に「竹中帰れ」と書いた看板三枚を立てて道路を封鎖し、右作業員らを取り囲み「久野病院はどうしたのか、竹中が出てくる幕ではない」などと威圧し、債務者北野安雄が「自分は戦前の人間だから一人や二人殺っても、どうということはない。」などと威喝し、通行を妨害した。

イ 債権者竹中の作業員ら一〇名が、同年一二月二日、本件土地に立ち入るため向かおうとしたところ、債務者林典男、同北野安雄、同北野聖史、同吉田利市、同辻信雄、同穴原明司、同笠川雅弘、同植田諭、同河野通仁、同福井榮之助、同辻正一ら約三四名が、債務者江口太一宅前の道路上に、債務者北野安雄所有のワゴン車を駐車させ、「竹中帰れ」「通行禁止」と書かれた看板を並べて道路を封鎖し、債務者北野安雄が「自分は戦前の人間だから一人や二人『ブスッ』とやってしまう。」、「竹中や久野相手に何でもやる。ただではおかない。」、「サシでも何でもやるから今日でもキリをつけてしまおう。」、「自分は皆がいなかったらどうにでもするつもりだ。」などと暴言を吐き、右作業員らの通行を妨害した。

ウ 債権者竹中の作業員ら三名が、同月四日、本件土地に立ち入るため向かおうとしたところ、債務者北野安雄、同北野聖史、同吉田利市、同辻信雄、同穴原明司、同江口太一、同植田諭、同河野通仁、同福井榮之助、同辻正一ら約三六名が、債務者江口太一宅前の道路上に債務者北野安雄所有のワゴン車を停車させ、「竹中帰れ」、「通行禁止」と書かれた看板を道路に設置して道路を封鎖し、債務者北野安雄が「一番の粗料理は久野さんをやってしまえばいい。」などと暴言を吐いて、右作業員らの通行を妨害した。

エ 債務者笠川雅弘は、工事用車両が本件土地に行くのを阻止するため、同月八日付で「南明町町内会の皆様」宛「歩行者専用道路設定のお知らせ」と題する文書を右町内会に配布し、本件道路の一部を歩行者専用ゾーンにしたとし、一般車両の通行を禁止するとしてその協力を求めた。

(二) 債務者らの主張

債務者らは、本件道路について通行権を有しない。すなわち、建築基準法上の道路については、公法上の規制の反射的利益として一般人に通行の自由が認められ、通行妨害行為を排除できる場合があるが、その要件としては、道路の通行が日常生活上必須の手段であること、右通行により私道所有者の利益ないし自由が侵害されないこと、妨害行為等の存在が必要である。

しかし、本件では、債権者らは、本件土地において日常生活を営み私道を利用してきた者ではなく、本件土地を取得して開発、建築行為を事業として行おうとする者であり、このような者について私道の通行が日常生活上必須の手段であると認められる余地はない。

2  本件土地及びこれに通じる公道上について、債権者らに妨害排除又は予防請求権が認められるか。

(一) 債権者らの主張

本件計画は、社会福祉事業法二条三項五の二号に規定する第二種社会福祉事業の用に供せられる施設を建築するものであり、国及び地方公共団体からの助成金の交付が予定されている公共性の高い計画であるにもかかわらず、債務者らは次のような妨害行為を行っている。

(1) 債権者竹中の作業員二名は、平成七年八月九日、本件土地に入り草刈りを始めようとしたところ、債務者ら約三〇名が本件土地の周辺に集まり、「これだけ町内が反対しているのがわからないのか」などと一斉に抗議の声を挙げたため、右作業員らは、無用のトラブルを避けるべく作業を中止した。

(2) 債務者竹中の社員五名と株式会社尾張鉄の作業員六名が、同年一二月二七日、作業用車両に工事資材を積み本件土地に立ち入ろうとしたところ、債務者林典男、同北野安雄、同北野聖史、同河野通仁、同藤本幹人、同植田諭、同江口太一、同福井榮之助ら約四〇名が本件土地の周辺に待機し、本件土地の進入口前には債務者北野聖史所有車両一台、同林典男所有車両一台及び所有者不明の車両一台の計三台を債権者竹中の資材搬入を阻止するように停車させ、建築予定地の看板設置と草刈作業の実施を妨害した。

(3) 債務者竹中の社員三名と協力業者の作業員三名及び債権者育生会の事務長堂見久馬らが、同年一二月二八日、前日同様、工事用看板の設置と草刈作業のため本件土地に出向いたところ、債務者林典男、同今井敏夫、同北野安雄ら約三〇名が本件土地の周辺に待機し、債務者林典男、同北野安雄が本件土地の進入口前に債権者竹中の資材搬入を阻止するように自動車を停車させ、建築予定地の看板設置と草刈作業の実施を妨害した。

(4) 債権者竹中の社員四名と協力業者の作業員六名が、同年一二月二九日、本件土地に工事用看板を設置したところ、債務者ら約三〇名は、右看板の撤去を要求し、債権者らがこれに応じないとみるや、無断で本件土地に侵入し、債権者竹中が設置したフェンス、看板を破壊し、その残骸を債権者育生会の理事長宅及び副院長宅の玄関前に放棄した。

(5) 債務者北野聖史、同林典男、同吉田利市、同辻信雄、同横井英男、同速水重雄、同辻正一、同藤本幹人、同中津茂、同植田諭、同鈎信康、同福井榮之助、同穴原明司ら約三〇名は、同年一二月二九日、同月三〇日及び平成八年一月四日から同年六月一八日の連日の午後七時三〇分ころ、債権者育生会の理事長宅及び副院長宅を包囲し、「嘘をつくな」「住民を苦しめるな」「約束を守れ」「私道を通るな」「住民と話し合え」「狭いところに建てるな」などと拡声器を用いて八〇ホンを超える音量でシュプレヒコールを行った。

(6) したがって、債権者らは、右のとおり債権者らの通行を妨害する債務者らに対し、本件土地及びこれに通じる公道上の本件計画実施のための通行権に基づいて、妨害排除又は予防の請求をすることができる。

(二) 債務者らの主張

本件計画は、債務者らとの合意に反し、あるいは、法令に違反し、法令の規制を潜脱して強行されようとしているものであり、債務者らは、本件計画により財産権、人格権が侵害されるとして、債権者らに対し、正当な抗議行動をしているにすぎず、違法とされるような暴言、暴行、脅迫を行ったことはない。

(1) 法令違反ないし脱法

ア 本件計画は、都市計画法に定める開発許可要件を満たさず、開発許可の受けられない計画である。

すなわち、本件計画は、切土2905.1立方メートル、盛土1180.0立方メートルとされ、トラックの通行が延べ一万台にも達する大規模開発行為であり、都市計画法に基づく開発許可を得なければならない上、本件土地は同法上の市街化調整区域にあり、原則として開発許可を受けられない地域にある。

① そして、まず、同法の開発許可の基準を定める三三条一項二号において、開発許可をするには、進入道路(有効幅員六メートル以上を要し、これを切れる場合には、通行上支障がなく有効幅員が四メートル以上あって小区間に留まる場合に限り、例外的に認められる。)が確保されていなければならないとされているところ、本件ではその様な進入道路は確保されていない。

② 次いで、同法三三条一項三号により、開発許可をするには、排水路その他の排水施設が、排水によって開発区域及びその周辺地域に溢水等による被害が生じないような構造及び能力で適当に配置されるよう設計が定められていなければならないが、本件地域は、もともと谷間に小川が流れていたところが埋め立てられ、盛り土された地域であり、そこに排水管を敷設し、会所を設置して排水を行っている場所である。本件計画では、二〇〇本以上の長尺パイルを打ち込むこととなっていて、埋設されている排水管、会所を破壊することは明らかであり、排水管、会所の破壊による水害発生の危険が高いにもかかわらず、これに対する対応策は何らとられていない。

③ また、同法三三条一項七号において、開発区域内の土地が、地盤の軟弱な土地、がけ崩れ又は出水のおそれが多い土地であるときは、地盤の改良、擁壁の設置等安全上必要な措置が講じられるように設計が定められていなければならないとされているところ、本件土地の地盤は極めて軟弱で、活断層上にあるにもかかわらず、本件計画では十分な地盤改良策及び安全策は施されていない。

なお、同法二九条三号は、社会福祉施設を開発許可の適用除外としているが、これは社会福祉施設が国、地方公共団体などが設置主体であったり、設置についての管理法があり、弊害を生じるおそれが少ないことによるもので、本件のような一医療法人の開発行為の場合には、同法三三条などの開発許可基準が尊重されるべきである。

イ 本件土地は、第一種低層住居専用地域にあり、建築基準法上、建ぺい率四〇パーセント、容積率六〇パーセントである。しかし、本件計画では、敷地面積二八九二平方メートルであるにもかかわらず、本件建物の建築面積は1827.81平方メートル、延べ面積は3608.94平方メートルとされ、右規制を超過している。なお、債務者育生会が国から払下げを受けた土地については、およそ建物の敷地には利用できないものであり、建ぺい率、容積率の規制に適合させるため脱法的に取得したものであるから、敷地面積から控除すべきである。

ウ 本件土地は、京都市風致地区条例の定める第一種風致地区にあり、高さ八メートル以上の建物を建てることは禁止されているところ、本件建物の高さは、実質一一メートル(地下一階とされている部分は、実際には地上一階である。)であり、右規制に違反している。

エ 宅地造成規制法に基づく工事の許可は、その条件として、工事の施行により第三者との間に紛争が生じないよう必要な措置を講じるとされ、住民と十分に話し合うことが求められているが、債権者らは右条件を遵守していない。

オ 債権者らは、本件建物を地下一階、地上二階としているが、老人保健施設の設置基準では、地下に療養室を設けてはならないとされている。

(2) 債務者らの被る損害

ア 本件土地のある地域は、第一種住居専用地域、風致地区第一種地域、歴史的風土保存地区等の最も高度な住環境の規制を受ける稲荷山の麓の閑静な低層住宅地であり、付近の道路は、行き止まりの生活道路で、有効幅員が四メートルを切る箇所が多く、生活車両以外の車両の通行はほとんどなく、大型車両の通行はできない。

イ 本件土地に通じる道路の地盤は軟弱であり、車両通行に対する建築物の耐性は極めて弱く、このような地域に延べ一万台もの工事用車両を通行させれば、債務者らの財産である土地、家屋を損壊し、居住環境を著しく悪化させ、交通の安全を脅かし、子供達や老人の生命、身体を危険にさらし、債務者らの人格権を著しく侵害する。

ウ 本件土地及びその近辺は、もともと川であったところを埋め立てたもので、雨水、わき水を排水施設を設けて処理している場所であるところ、本件計画では、敷地部分に設置されている排水管、会所を損壊し、水脈を変化させ、水量を大幅に増加させる一方、新たな排水管の設置は予定されておらず、大雨や多量の排水時の下流における増水、溢水による被害の危険、水脈、わき水の変化による渇水時の田畑の水の枯渇による被害の危険のいずれもが高く、債務者らの財産権、人格権を著しく侵害する。

(3)ア 債権者らは、平成六年二月一七日、第一回説明会の最終段階で、債務者らの住民が一致して反対しても計画を強行するのかとの質問に対し、債権者育生会理事長自ら、住民の圧倒的多数の反対を無視してまで強行する意思はなく、住民の合意を得られないのであれば、計画を中止する旨約した。

本件では、債務者ら住民の圧倒的多数が計画に反対しており、債権者らは本件計画を中止すべきである。

イ 債務者らが、平成八年一二月二九日、債権者らが設置した看板、防護柵を撤去したのは、債権者らが「写真を撮ったらすぐに外す。」と約したのに、これを守らなかったからである。

(4) 本件計画の公共性の欠如

本件計画の実体は、民間の営利施設であり、債権者育生会がきめ細やかで緩やかな老人福祉サービスを行うとは考えられない。仮に公共性の高い計画であるというのであれば、債権者育生会は、地域の協力を得るよう務めるべきであるであるにもかかわらず、債権者育生会は、およそそのような姿勢をとったことはない。

(三) 債務者らの主張に対する債権者らの反論

(1) 法令違反ないし脱法について

ア 開発行為を都道府県知事の許可にかからせた都市計画法二九条は、そのただし書三号で、社会福祉施設の用に供せられる開発行為を適用除外としている。本件建物は、社会福祉事業法二条三項五の二号に規定する第二種社会福祉事業の用に供せられるものであるから、本件計画は、都市計画法上の開発許可を要しないものであり、債務者らの主張自体が失当である。

なお、債権者らは、本件計画が同法二九条三号により開発許可の適用除外となるとしても、同法三三条の開発許可基準に配慮している。本件道路をその一部として進入道路を設定した場合、その幅員は、公道部分の大部分のところで五メートルを超え、私道部分に当たるところでも4.8メートルないし六メートルあり、電柱等による障害物がある箇所もあるが、特に工事用車両の通行に支障を来すものではない。また、宅地造成規制法による規制は、都市計画法の開発許可基準よりも厳しい内容となっており、宅地造成規制法による許可がある本件では、都市計画法の開発許可基準も満たしているというべきである。したがって、債務者らの主張は当たらない。

イ 本件建物の敷地面積は8589.94平方メートルであり、建ぺい率、容積率ともに法令の規制を満たしている。

債務者らは、債権者育生会が国から払下げを受けた土地について、これを敷地面積から控除しているようであるが、右土地は債権者育生会が適法に取得したものであって、敷地面積に入れることについて法令上問題はない。

ウ 本件建物の高さは、京都市風致地区条例の斜面地における基準に従って算出したものであり、何ら条例に違反していない。

エ 本件計画の宅地造成に関する工事の許可自体においては、住民と十分に話し合うとの条件は付されていない。仮に、許可申請時に行政庁から住民と十分に話し合うようにと指導されることがあるとしても、あくまで行政指導にすぎず、申請者を拘束するものではない。

(2) 債務者らの被る損害について

ア 債権者らは、工事用車両の通行に当たり、事前に本件道路の舗装状況を調査、点検し、必要な場合には補強するほか、使用する車両の種類も可能な限り二トン車とし、誘導員の配置やカーブミラーの設置、制限速度時速二〇キロメートルの遵守などの安全対策を講じるほか、道路の維持管理の費用に充てるための整備基金の提供を申し出ており、債務者らの主張するような危険はない。

イ 汚水、雨水の排水計画については、宅地造成許可申請の手続きにおいて十分な審査が行われ、審査の結果、宅地造成に関する工事の許可がされており、債務者らの主張するような危険はない。

第三  判断

一  争点1について

本件道路が私有地であり、建築基準法上の道路とされていることは、当事者間に争いがない。

ところで、建築基準法上の道路である私有地については、同法によってその所有者に対し道路内建築制限(同法四四条)、私道の廃止・変更の制限(同法四五条)が課されており、その結果、一般人もその私有地を通行できることになるが、右の建築基準法上の制限は、あくまでも公法上の規制にすぎず、一般人が右他人の私有地を通行することができるのは、右の公法上の規制の反射的利益を受けるにすぎないものであって、一般的に一般人が道路である他人の所有地を自由に通行しうる私法上の権利を有するものではない。

もっとも、その通行が従前からの日常生活上必須のものである場合には、人格権として保護されることがあり、その侵害が重大かつ継続のものである場合には、この人格権の侵害があったものとして、これに基づき妨害の排除又は予防を請求することができるものと解すべきである。また、その通行が従前からの営業生活上必須のものである場合には、営業権として保護されることがあり、その侵害が重大かつ継続のものである場合には、この営業権の侵害があったものとして、これに基づき妨害の排除又は予防を請求することができるものと解すべきである。

しかし、本件においては債権者らが主張する本件道路の通行は、債権者らが従前から日常生活上又は営業生活上継続的に通行してきたものではなく、全く新規の土地の造成工事及び建物建築工事並びにそのための工事車両の通行をするものであることがその主張から明らかであり、疎明資料(甲三四)によれば、本件土地に至るには本件道路以外に京都市の認定道路があることが一応認められる。そうすると、本件道路が建築基準法上の道路とされており、債権者らが本件計画の遂行のために本件道路を通行することが極めて便利であるとしても、未だ従前からの日常生活又は営業生活に必須のものとまではいえない。そして、他にこれを認め得るだけの疎明資料はないから、債権者らが本件道路の所有者の意思を排除してまでその通行が認められるわけのものではない。

よって、債権者らの申立ての趣旨第二項記載の申立ては、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二  争点2について

1  疎明資料(甲一〇、一八、三二、検甲一)及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。

(一) 債権者竹中の作業員二名は、平成七年八月九日、本件土地に入り草刈りを始めようとしたところ、債務者ら約三〇名が本件土地の周辺に集まり、「これだけ町内が反対しているのがわからないのか」などと一斉に抗議の声を挙げたため、右作業員らは、無用のトラブルを避けるべく作業を中止した。

(二) 債務者竹中の社員五名と株式会社尾張鉄の作業員六名が、同年一二月二七日、作業用車両に工事資材を積み本件土地に立ち入ろうとしたところ、債務者林典男、同北野安雄、同北野聖史、同河野通仁、同藤本幹人、同植田諭、同江口太一、同福井榮之助ら約四〇名が本件土地の周辺に待機し、本件土地の進入口前には債務者北野聖史所有車両一台、同林典男所有車両一台及び所有者不明の車両一台の計三台を債権者竹中の資材搬入を阻止するように停車させ、建築予定地の看板設置と草刈作業の実施を妨害した。

(三) 債務者竹中の社員三名と協力業者の作業員三名及び債権者育生会の事務長堂見久馬らが、同年一二月二八日、前日同様、工事用看板の設置と草刈作業のため本件土地に出向いたところ、債務者林典男、同今井敏夫、同北野安雄ら約三〇名が本件土地の周辺に待機し、債務者林典男、同北野安雄が本件土地の進入口前に債権者竹中の資材搬入を阻止するように自動車を停車させ、建築予定地の看板設置と草刈作業の実施を妨害した。

(四) 債権者竹中の社員四名と協力業者の作業員六名が、同年一二月二九日、本件土地に工事用看板を設置したところ、債務者ら約三〇名は、右看板の撤去を要求し、債権者らがこれに応じないとみるや、無断で本件土地に侵入し、債権者竹中が設置したフェンス、看板を破壊し、その残骸を債権者育生会の理事長宅及び副院長宅の玄関前に放棄した。

(五) 債務者北野聖史、同林典男、同吉田利市、同辻信雄、同横井英男、同速水重雄、同辻正一、同藤本幹人、同中津茂、同植田諭、同鈎信康、同福井榮之助、同穴原明司ら約三〇名は、同年一二月二九日、同月三〇日及び平成八年一月五日から同年六月一八日の連日の午後七時三〇分ころ、債権者育生会の理事長宅及び副院長宅を包囲し、「嘘をつくな」「住民を苦しめるな」「約束を守れ」「私道を通るな」「住民と話し合え」「狭いところに建てるな」などと拡声器を用いて八〇ホンを超える音量でシュプレヒコールを行った。

2 右の事実のうち、債務者らが、債権者育生会所有の本件土地及びこれに接続する公道上において、債権者らの工事を実力ないし威力をもって妨害することは、債権者育生会の本件土地所有権及び債権者竹中の営業権の行使としての本件土地上の工事及びこれに接続する右工事のための公道上の車両の出入り等の通行を違法に妨害するものというべきであって、債権者らによる妨害排除又は予防請求の対象になるというべきである(債権者らの主張は、右土地の通行権を強調するものではあるが、債権者育生会の本件土地所有権及び債権者竹中の営業としての本件計画が行われるものであることを主張しているので、右の各権利を被保全権利として主張しているものと解される。)

したがって、債務者らに対し、主文第一項掲記の態様の行為を禁じるのが相当である。

3  この点について、債務者らは、本件計画が、債務者らとの合意に反し、あるいは、法令に違反し、法令の規制を潜脱して強行されようとしているものであり、債務者らは、本件計画により財産権、人格権が侵害されるとして、債権者らに対し、正当な抗議行動をしているにすぎない旨主張する。

(一)ア しかしながら、債権者らが、債務者らに対し、住民の合意が得られなければ、本件計画を中止すると約したと認めるに足りる資料はない。

イ また、債権者らが、平成八年一二月二九日、債務者らに対し、本件土地内に設置した看板、防護柵について、写真を撮ったらすぐに外し、債権者らが外さなかった場合には、債務者らが外してもよい旨約したと認めるに足りる資料もない。

したがって、右の点についての債務者らの主張は理由がない。

(二)  次いで、仮に、土地造成工事、建物建築工事により周辺の居住者の財産権、人格権が侵害されることが予想されるとしても、右工事が、一見して明らかに法令の規制に違反し、その結果、周辺居住者の財産権、人格権を侵害するものと認められ、かつ、周辺居住者が法的な救済を経ている間がない緊急事態にある場合を除き、周辺居住者が工事を実力ないし威力をもって妨害することは、法秩序の観点からみて許されないというべきである。

本件計画は社会福祉施設の建築を目的としたものであるところ、都市計画法二九条三号は、社会福祉施設を適用除外としているのであるから、本件において、都市計画法に基づく開発許可が必要であるとは認められず、前記のとおり、本件計画は、京都市風致地区条例による許可、宅地造成規制法による許可、建築確認を得ているものであり、周辺に対する影響に配慮した行政法上の規制基準に一応適合している(なお、宅地造成規制法による許可において住民と十分に話し合うことが条件になっているとは認められない。)。このように、本件計画は、法令上の規制基準に一応適合しているものであり、一見して明らかに法令に違反しているものではなく、さらに、債務者らが法的手続きによって債権者らの行為の差止めを求めるいとまがないと認めるに足りる資料はないことからすると、債務者らの前記行為を正当化することはできない。

第四  結論

以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、債権者らの申立てのうち、第二項(本件道路の通行に対する妨害排除を求める部分)は、いずれも理由がないからこれを却下し、第一項(本件計画に対する債務者らの妨害行為の差止めを求める部分)は、いずれも理由があるからこれを認容して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官山下満 裁判官大澤晃 裁判官増永謙一郎)

別紙目録<省略>

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